こんにちは。本日は梅雨らしく朝から雨です。

この季節は上着を持ち歩くかどうか、クローゼットの前で考えてしまいます。

さて、本日は家紋のお話です。

yorozuのロゴは家紋や角字を参考にしながらつくりました。角字については別で記事を書く予定です。

家紋というと、先祖代々受け継がれてきた、家の印というイメージがあります。いまでは冠婚葬祭や墓石、着物などで目にすることが多いですが、もともとはもっと実用的なものでした。

誰の持ち物か。
どの家の人か。
どこに所属しているか。

それを一目で見分けるための印です。

家紋につながるものが生まれたのは、平安時代の公家社会といわれています。当時、貴族たちは牛車に乗って宮中へ向かっていました。似たような牛車が集まるなかで、誰のものなのかを見分けるため、自分の好む文様を車や調度品に入れるようになります。

はじめは装飾だったものが、繰り返し使われるうちに、その人や家を表す印になっていきました。

文様から、目印へ。
目印から、家の象徴へ。

鎌倉時代になると、家紋は武士のあいだにも広がります。戦場では、敵と味方を見分ける必要があります。旗や幕、鎧、馬具などに紋を入れ、どの家の者なのかを示しました。遠くからでも分かるように、形は次第に単純になっていきます。

輪郭がはっきりしていること。
小さくても判別できること。
白と黒だけでも成立すること。

現在見ても家紋が強く感じられるのは、こうした実用のなかで、形が削られていったからかもしれません。室町時代から戦国時代にかけては、家紋は家の由緒や主従関係を示すものにもなります。同じ系統であることを示しながら、本家と分家を区別する。主君から紋を与えられる。基本となる図柄を少し変えて、別の家を表す。

ひとつの形から、たくさんの違いが生まれていきました。同じ名字だから同じ家紋とは限りません。名字が違っても、似た家紋を使うこともあります。家紋は、血筋だけを正確に記録するためのものではなく、人と人、家と家の関係を表すものでもありました。

江戸時代になると、家紋は武家や公家だけでなく、商人や職人、農民、歌舞伎役者などにも広がります。着物、のれん、提灯、看板、仏壇、墓石。暮らしのなかのさまざまな場所に紋が入れられました。商家にとっては、家の印であると同時に、店の印でもあります。現在のロゴマークに近い役割もあったのだと思います。

家紋に使われるものは、植物や動物、自然、道具などです。

藤、桐、梅、菊。
鶴、蝶、鷹の羽。
月、星、波、雲。
扇、矢、車輪、釘抜。

身近にあるものをそのまま描くのではなく、特徴だけを残し、ひとつの形にしていきます。

丸で囲む。
左右をそろえる。
線を減らす。
同じ形を繰り返す。

写実的に描くのではなく、何を残し、何を捨てるか。家紋は、日本に古くからあるグラフィックデザインともいえます。明治以降、家紋が身分や所属を示す役割は少しずつ薄れていきました。

その一方で、家族や先祖を思い出すための印として残りました。黒紋付や留袖、喪服、墓石、仏壇。使われる場所は限られてきましたが、形そのものは、現在まで受け継がれています。家紋は、家の歴史をすべて説明する絵ではありません。

誰なのか。
どこから来たのか。
何を大切にしているのか。

そうしたものを、言葉を使わずに伝える形です。日常のなかにあるものをよく見て、その特徴を削り、ひとつの印にする。このようなものが家紋です。

家紋の本、何冊か持っていますが、ミニマルで、素晴らしいデザインが多く、見入ってしまいます。

引き続き、よろしくお願いいたします。