こんにちは。

本日の東京は梅雨時期の貴重な晴れ間です。掃除が捗ります。

さて、今回は漫画についての所感です。

マンガ、読みはじめてしまうと止まらなくなります。漫画、まんが、マンガ、MANGA。同じように読める言葉ですが、表記が変わるだけで受ける印象は少し変わります。

「漫画」は歴史や文化として語るときの言葉。
「まんが」は親しみやすく、子どもや学習のイメージがあります。
「マンガ」は現代的で、アプリやコンテンツ産業の文脈でよく使われます。
そして「MANGA」は、日本の漫画そのものを指す世界共通語になりました。

海外では、Comicとは区別して使われているらしいです。

そもそも「漫画」という言葉は、江戸時代の葛飾北斎が出版した『北斎漫画』で広く知られるようになりました。とはいえ、この「漫画」は今のストーリー漫画とは少し違います。人物や動物、風景、日常の動きを自由に描いたスケッチ集のようなもので、「漫」には、気ままに、自由にという意味があります。

そのさらに前には、『鳥獣戯画』や絵巻物、黄表紙など、絵と物語を組み合わせた文化がありました。現在のようなコマ割りや吹き出し、長い物語を読む漫画へとつながっていくのは、明治以降に西洋のカートゥーンの影響を受け、戦後に手塚治虫が映画のような表現を取り入れてからと言われています。

個人的にすごいなと感じることは、「漫画」という日本語が、そのまま「MANGA」として世界へ広がったことです。寿司や着物、アニメのように、翻訳されずに定着した日本語のひとつになりました。言葉だけではなく、その背景にある文化や表現ごと受け入れられたということなのでしょう。

ちょっとだけバッグにも似たことがあるように思います。「ショルダーバッグ」と説明することもできますが、「巾着」や「襷」のように、日本には昔から使われてきた形や考え方があります。英語に置き換えることはできます。しかし、すべてを置き換える必要はないのかもしれません。

“MANGA”がそうだったように、日本の言葉だからこそ伝わるものもあります。yorozuがつくるバッグも、ただ日本で作られたものではなく、日本で育まれてきた形や文化の延長として届けられたらと思っています。

引き続き、よろしくお願いいたします。